12-<< 2012-01- >>02-

12345678910111213141516171819202122232425262728293031
--.--/--(--)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑
2012.01/26(Thu)

「自然被曝は安全だ」の落とし穴

被曝には自然被曝と人工被曝がある。
人工被曝の危険度を評価するにあたって、自然被曝でこれだけなのだから、それぐらいの人工被曝は無視できる、という議論が成立する。
果たしてそうか?その議論には落とし穴が隠されていることに誰も気づいていないようだ。

DNA損傷などを修復する能力を生命はもつ。
生命誕生以来、自然被曝を生き抜いてきたものたちだけが現存している。これは明らかなことだ。

問題なのは、「生き抜いてきた」という言葉の深い意味である。

ダーウィンの進化論は生物学の基本原理の一つである。
この原理、つまり自然淘汰原理に従って考えると次のようになる。

繁殖年齢を過ぎて以降に発現するどのような傷害も、その個体の残す子孫の数には全く影響を及ぼさない。
女性を例にとると考えやすいだろう。初潮+α➜閉経の間が繁殖年齢だ。
つまり、自然被曝による傷害が繁殖年齢以降に現れても、自然はかまっていない、ということだ。
自然被曝が「安全だ」というのは、このような意味である。

実は、安全であるかどうかを確かめた人は誰もいないはずだ。
病因や死亡要因のうち、どれだけが自然被曝によるものなのか、あるいは自然被曝は全く関係しないのか、誰も調べたことはない(と思う)。自然被曝を除去するのは難事であるから研究がきわめて困難だ。

(追記:2/7/2012)なお、(財)体質研究会で紹介されている高自然放射線地域住民の健康調査は参考になる。
この調査研究を検討するうえで注意すべき点は、もともとそこに(少なくとも二代以上)住み続けていた住民どうしを比較している、という点ではないだろうか。すべてを読んだわけではないけれど、近代化が進んでいないような地域では住民移動もきわめて稀だ。この場合、その地域に何世代、何十世代にもわたって住み続けたことになり、ある程度の耐性があった人々が子孫を残してきたという可能性がある。下表は上記サイトから拝借したもの。
表1 世界の高自然放射線地域における大地放射線量(mSv/y) 
地域 平均値 最高値
ラムサール(イラン) 10.2 260
ガラパリ(ブラジル) 5.5 35
ケララ(インド) 3.8 35
陽江(中国) 3.5 5.4
香港(中国) 0.67 1.0
日本 0.43 1.26

↑で「誰も調べたことはない」と述べたことの意味は、例えば、低線量地域の住民を二つに分け、一方はそのまま居住、他方は高線量地域へ移住してもらって、比較研究するといったものや、自然放射線をほとんど完全に遮蔽した部屋で、例えば飲食物からも放射性カリウム40をほとんど除去したものを与えて育てた実験動物(倫理的には不可能であるが、純科学的な理想としてはヒト)と普通に育てた実験動物を比較する、といった研究を想定している。
実験動物のデータはヒトには外挿できない場合がある、と私は考えている(外挿できるものもあるが)。

明らかなことは、個人差はあるけれども人類全体としては繁殖可能である、という当たり前のことだけだ。

放射線に対する耐性には遺伝的な個人差があるだろう。このうち、弱い方に属する人たちは自然被曝によることが一つの要因になって発病し、繁殖力を低下させるだろう(その極端なケースでは、繁殖力ゼロ、あるいは死亡)。

自然被曝は避けようがない。
だから、それが安全であろうが危険であろうが、私たちは受け入れるしかない。
日常生活において気にするのは馬鹿げている。

しかし、自然被曝を生き抜いてきたのだから自然被曝は安全だ、という形で議論されるのは困るのだ。
スポンサーサイト

テーマ : 放射能汚染 - ジャンル : 政治・経済

tag : 自然被曝 カリウム40 自然淘汰 ダーウィン

14:29  |  低線量被曝  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。