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2012.03/05(Mon)

錦の御旗としての科学

ちょっととても重たいテーマだな。

ニセ科学批判者集団は、科学者自身と科学に造詣の深い科学者以外の人々の部分集団には違いない。
その特徴の一つは、科学を錦の御旗にする態度、とか「科学的に証明されていないことは、真実ではない」と断定する態度なのかもしれない。

くどいようだが、科学的に証明されていないことは、科学的に結論が出ていないというのが正しい。
もちろん、科学的に否定されたことは科学的真理ではない、なら正しい。

伝統知、というのだろうか。長い歴史の過程(経験)で、科学(西洋科学)とは無縁の形で得られてきた「真実」はたくさんある。漢方医学などはその典型であろうし、、、さまざまな発酵食品とか、、、まぁ、いろいろある。

伝統知は、科学によって証明されていないことの方が多いだろう。このうち、科学によって否定されたものはどれだけあるだろうか?僕の肩こりなど、結構、鍼によって治療できるよ。

前回の続きの形でいうと、科学の題材は伝統知の中に無数に潜んでいる。
だが、科学は科学的に研究「できる」テーマだけを研究する、当たり前だな。
ここで言いたいことは、科学には未知のことだらけだ、という点だ。自然は余りにも広く、かつ深い。科学はそのほんの一部を明らかにしただけで、原理的に明らかにできないことも(もちろん自然現象で、だよ)無尽蔵にある筈だ。

現代に通用する科学というのは、一応、高度な科学的訓練を経ないとできない作業だ。この訓練を達成した証が理学博士、農学博士、工学博士、Ph.D.、、といった博士号だ(まぁ、ピンきりだが)。科学の現場から遠い人々にとって、科学はどのような存在だろうか。「その知見は科学で否定されているよ」と科学者から言われた時、「ははぁ~」と首を垂れ、うな垂れるしかないのではないだろうか。たとえ、納得がいかないにしても。

この意味で、科学の現場に近いものは、科学的言質には細心の注意を払うべきだろう。くどいようだが、科学的に証明されていない事柄、つまり科学的な根拠がまだ提出されていない事柄は、科学的にその真実性を否定されたわけでもなんでもない。伝統知を対比させたのはこういう文脈でのことだ。

今回、考えをまとめようと思った事柄とはだいぶ話がずれてしまった。
本当のテーマは、科学の現場からは遠い一般の人々にとって、「科学を錦の御旗のように振りかざされると、どうして弱いのか」ということを考えていた。時間切れなので、またね。
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テーマ : 教育 - ジャンル : 学校・教育

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